同窓会

卒業生の声
2017年04月18日

大分県立盲学校同窓会会長 高橋 勇

 私は、二十歳すぎに東洋医学を学ぶことになりました。聞こえはいいのですが、視力が低下し、盲学校に入学することになったのです。それは意外と苦しいものがありました。今更と思う心、いやこれからだと葛藤の日々。しかし眼科のドクターが言った「もうすぐ見えなくなりますよ。」の言葉が耳から離れない。少し前まで会社に勤めていた。それがどうして、なんで、の繰り返し。それでも現実は厳しく、外出から自宅にもどると部屋の中が暗い、明かりをつけると、家族から「どうした、まだこんなに明るいのに。」といわれ、自分自身驚く。また、自宅から外出するときは、逆にまぶしくて歩けないほどになっていました。思い出せばドクターの話に、明暗がわかりにくくなったり、視野が狭くなるから気をつけてとのことでした。止むにやまれず、盲学校の門を叩きました。しかし、高卒で3年間、中卒で6年間かかる。今更と心がゆれ、1年間を棒に振ることになりました。しかし眼の病は進むばかり。しかたなくまた門を叩きました。このときは、本当にしかたなくでした。親を攻め、自らを攻めました。なんで、どうしてと思うと胸がいっぱいだったことを思い出します。
 
  しかし、卒業して国家免許を取得、そして、自営業を始めてそれなりの成績をあげ、生活もできるようになりました。もしこの東洋医学、あん摩マッサージ指圧師、鍼灸師になれていなかったらどうなっていたのか。全く未来は想像できません。こうして生活ができるのも全国に盲学校があり、生活権を守られて東洋医学を学べたからに他なりません。  
 
 これからも、病や事故による視力障害者にとって、盲学校が人生の糧になるはずです。この盲学校制度がいつまでも続くことをお願い申し上げます。

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